年末が近いので無礼講のお話

年末になると「無礼講」という言葉が巷に溢れます。
通常は無礼にあたる上の者への行為も、この講では問いませんよという意味です。
通常のそ組織はコミュニケーションにより協調した、責任の所在がハッキリとした意思決定により成立しています。
日常的には個人の自由はルールとマナーに限られているが、宴席は自由に楽しみなさいという特別な自由を指すのが無礼講です。
もっと簡単にいえば、いつもは不自由だ。しかしこの飲み会は自由だ。という意味です。

客観的な状況は、無礼講だ、自由だと許可する人ほど、日常的に他の人の自由を侵害しているという事になります。
通常の企業は、人の自由を侵害する権限や根拠を持って自由を制限しているので、飲み会くらいはルールとマナーを優先した上で、自由に意思決定していいよという意味が無礼講です。
つまり自分も自由かもしれないが、無礼講といった人も自由だし、他の参加者も自由だという事は認めましょうね。

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